離さんぞ 阿弥陀
いっぺんつかまええたら 離さんぞ 阿弥陀 『浄土和讃』の『阿弥陀経』のこころを表されたご和讃「十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなわし 摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる」の「摂取」の左訓に「ひとたびとりて永く捨てぬなり」と説かれている。有り難いことだ。


鬼は外・・・
鬼は外 なんて言われたら (私も・・・外へ行かなくちゃ・・・) 家に誰も おらんくなる


「寒いね」と話しかければ
「寒いね」と話しかければ、「寒いね」と答える、人のいるあたたかさ


12月8日は 成道会(じょうどうえ)
12月8日は、成道会。お釈迦様がおさとりを開かれた日です。 シッダッタ(後のおしゃかさま)は、6年におよぶ厳しい修行をされましたが、さとりに近づくことはできず、身体を苦しめるだけの修行はまちがいだと気づかれ、山を下りられました。その時村娘のスジャーターが供養してくれた「乳が...


「みんなが言う」「みんな」って だれ
「友引に葬式出したらダメだって!」 「なんで?」 「友を引くって!」 「ほんとに引くとこ見たの?」 「ううん。だって、みんなが言ってる」 「みんなって だれ?」 「みんな」って、「私」なのかも・・・


吾輩は 凡夫である
「吾輩は 凡夫(ぼんぶ)である 自覚はまだない」 「煩悩具足の凡夫」とお説教でよく聞く。煩悩とは、「身をわづらわし、こころをなやます」と、親鸞聖人は言っている。これが十分に備わっている人を「凡夫(ぼんぶ)」と言うのである。しかし、我が身のこととなれば、その自覚は・・・・・...


仏飯は いのちへの 感謝のしるし
「仏飯(ぶっぱん)」、こちらでは「ごはんさん」といった方が分かりやすく親しみがあるかも。 仏壇にお供えするご飯を言います。私達は、多くのいのちのめぐみをいただいて生きています。その代表が主食のご飯、おめぐみに感謝の気持ちでお供えします。お供えしたら、おさがりをいただきましょ...


あっちかな、こっちかな?
あっちかな? こっちかな? 老眼鏡は、どこいった? どこへやったのか・・・。 と悩んでいたら。何と、自分の頭の上に、なーんてことが増えてきた昨今。 品物だったら、まだいいのだが。人生にとって大事なことをそうならないようにしたい。


手を合わし 思い出す
「手を合わし 思い出す 大切な あの人との 思い出を」 私が小さかった頃、毎朝阿弥陀さまの前に座りお参りしていた父の後ろ姿を見ながら不思議に思っていたことがある。「何で父は毎日お参りしているのだろう。足は痛いし、面倒くさいのに」。あの頃の父の歳を越えてきて、その意味が分かっ...


仏さまは 見てござる
仏さまは、私達には見えません。しかし、仏さまは、私達のことを、いつも見ていて下さいます。 聞いていて下さいます。知っていて下さいます。


