濁りの世に住むもの
- 2 日前
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意志が濁れば意地になり
口が濁れば愚痴になり
徳が濁れば毒になる
SNSの記事を乱読してた際、心に留まった言葉です。濁点を濁りにたとえた言葉遊びの側面もある一方、興味深い言葉だなとも思いました。
目標に向かう場合、意志が強いがゆえに頑なになり、視野が狭くなることがあります。「あいつはこの崇高な志を理解していない」と意地になってしまいます。また、きれいな言葉を心がけても、つい悪口や不満を言ってしまうことも多々あります。自分ではよかれと思っても、相手にとっていいこととは限らず、自己満足な行いをしていることも自覚はないけどたくさんあるでしょう。意地にならない、愚痴をいわないよう、相手を尊重しよう・・・と清らかな行いをする方向に導いていくのが道徳の世界だと思います。
お念仏の世界は、清らかな行いをしているつもりでも少量の毒が混ざっているのが私の行いだと教えてくれます。いたらぬ私をつつみこんでくださるのが南無阿弥陀仏のお念仏です。そこに気づいたとき、「申し訳ない」や「もったいない」がでてきます。
濁点まみれのいたらぬ私と自覚する中に、ひらけてくる世界があるように思う今日この頃です。
仏教こども新聞より

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