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明日ありと思う心のあだ桜

 幼くしてご両親とお別れしたしんらんさまは、9歳の時お坊さんになりました。その儀式を受けるため、青蓮院というお寺に着いたときは、もう夕方でした。お寺の住職さんが言います。

「今日は疲れたろう。もう遅いので式は明日にしよう」

すると、しんらんさまは満開の桜を指して、こう詠まれたのです。

「明日ありと 思う心のあだ桜 夜半(よわ)に嵐の 吹かぬものかは」

 今、美しく咲いている桜を、明日も見ることができると思っていると、夜中に強い風が吹いて散ってしまうかもしれない、という意味です。

 私たちは今日と同じように明日がやって来ると考えて、やるべきことを後回しにしがちです。しんらんさまは、「明日はどうなるかわからない、今ここから仏道を歩みたい」とおっしゃいました。私たちも、今日からこの日を大切に精一杯生きていきたいものですね。      「仏教こども新聞」より



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