先におもっていてくださる 阿弥陀さま
■■ 先におもっていてくださる アミダさま ■■ 以前から行きたいと思っていたお寺・鎌倉の大仏さんに参拝できました。高さが十一メートルもある立派な阿弥陀仏さまで、お座りの仏さまです。これは、瞑想のお姿で、お浄土に住んでいる方々へお説法されていると伺います。参拝当日、阿弥陀さまの中にも入ることができ、感慨無量でお参りしました。 さて、浄光寺の仏さまも同じ阿弥陀さまですが、お立ちのお姿です。それはなぜかというと、相手にして下さっているのが、私たちだからです。いつ何時、何をするか分からない私たちです。座っていては間に合わないのです。 阿弥陀さまには、親縁(しんえん)という働きがあります。私が合掌礼拝をしたら見ていて下さいます。お念仏を称えたら聞いていて下さいます。心に想ったら知っていて下さいます。阿弥陀さまは、私の方からお願いしなくても、私のことを先に思っていて下さる、安じていてくださっています。私のことが心配で心配でたまらないのです。その働きを、お立ちの姿で表してくださっているのです。


濁りの世に住むもの
意志が濁れば意地になり 口が濁れば愚痴になり 徳が濁れば毒になる SNSの記事を乱読してた際、心に留まった言葉です。濁点を濁りにたとえた言葉遊びの側面もある一方、興味深い言葉だなとも思いました。 目標に向かう場合、意志が強いがゆえに頑なになり、視野が狭くなることがあります。「あいつはこの崇高な志を理解していない」と意地になってしまいます。また、きれいな言葉を心がけても、つい悪口や不満を言ってしまうことも多々あります。自分ではよかれと思っても、相手にとっていいこととは限らず、自己満足な行いをしていることも自覚はないけどたくさんあるでしょう。意地にならない、愚痴をいわないよう、相手を尊重しよう・・・と清らかな行いをする方向に導いていくのが道徳の世界だと思います。 お念仏の世界は、清らかな行いをしているつもりでも少量の毒が混ざっているのが私の行いだと教えてくれます。いたらぬ私をつつみこんでくださるのが南無阿弥陀仏のお念仏です。そこに気づいたとき、「申し訳ない」や「もったいない」がでてきます。 濁点まみれのいたらぬ私と自覚する中に、ひ


2月掲示板 鳴かぬなら
鳴かぬなら 生きよそのまま ホトトギス 織田信長の弟 織田有楽斎(茶人)の言葉です。 「あなたは あなたのまま そのままで いいんですよ」という意です。


目に見えないものを 大切に
人の優しさや気遣いは日常にあふれているけど、けっして当り前の事ではない。 目に見えるものだけではなく、見えないものも大切にしていかなければならない。 改めてそのことに感謝の気持ちを持って、日々をすごしていきたい。


亡き人に 養われ 願われていた
お盆です。お寺やお墓にお参りされると思います。 どんなお気持ちで、お参りされていますか? 京都にある 浄土真宗仏光寺派のご本山 仏光寺で 次の標語に出あいました。 亡き人を なぐさめ しずめると 思っていた。 私が 亡き人に 養われ 願われていた。...


生もかくれる
老いをきらい 病をおそれ 死をかくせば 生もかくれる


落ちる葉が
落ちる葉が 土を肥やすように 不要と思うことも 心を 育てていく


幸せは 比べた時だけ見えてくる
幸せは 比べた時だけ見えてくる 悲しみは 歩む程に身に沁みる


ない ないと数えはじめると
ない ない と数えはじめると 渇いてくる ある ある と数えはじめると 満たされてくる 京都にある真宗仏光寺派の本山 仏光寺の 掲示板より


「おかえりなさい」と 言える 場所でありたい
みなさんは、家を出るときにどんな挨拶をしていますか。「行ってきます」という人がほとんどかと思います。病気で亡くなった大学時代の同級生の口癖が、どこかへ出ていくときいつも言っていたのが「行って帰ります」でした。普通は「行ってきます」だと思うのですが、彼は「行って帰ります」なの...


